「グローバルリーダーをどう育てるか②―
アサーティブネス」
梯 慶太(日本板硝子株式会社執行役員)×留岡一美(POLARIS Partners代表)
「幽体離脱」
留岡 梯さんとお話ししていますと、経営視点からの人事というのが、とても色濃いですよね。NSGホールディングスUSAの社長を経験されたことが、今の仕事に影響を与えていますか。
梯 やはり99年にアメリカ駐在して以降、非常にジェネラルな役割をもらって、いったん、HRという専門分野から離れて、客観的にHR分野を見られるようになったのが一番大きいですね。その間、私にとってメンター的な役割を果たしてくれた方が二人います。二人とも、かつてはドメスティックな会社だったNSGにおいて「海外畑」という異分子であり、ピルキントン買収で中心的役割を果たしました。一番、彼らから学んだことは、「幽体離脱」です(笑)。
留岡 どういう意味ですか?
梯 いったん、当事者から離れた視点でものが見える。先ほど、海外畑は異分子と言いましたが、日本板硝子株式会社をアメリカから客観的に見ることができました。たぶん、当事者のままだと、ピルキントンの買収という発想は絶対出てこなかったと思います。
留岡 なるほど。外部視点をもつという、そういうことですか。
梯 同じように、人事に対しても、常に外部視点をもつ。ビジネスラインの立場やほかの会社の人事の立場から自分たちの人事を常に見直す意識が求められます。
留岡 「異分子」とおっしゃられましたが、企業文化からすると主流ではない人達が、グローバル企業となって後は、引っぱっていっている。
梯 外部視点というのは、それまでも社内でよくありました。私どもの前会長の出原は、日本硝子繊維という子会社の社長を経験しています。その前の社長の松村もマレーシア子会社の社長を経験している。結局、「幽体離脱」経験というのは、一つは出向経験。しかも、かなり独立したところを経験している。それから、海外駐在。こうしたことは、日本の他の企業でもよくあることと思います。
メンターは必要か
留岡 海外畑の二人の先達が、梯さんのメンター的な役割を果たしてくれた、というお話を伺いましたが、メンタリング制度を企業内に人工的に作り出すことも意味があるのではないかと思っていまして、そうした制度づくりのサポートを行っています。
梯 当社にもメンタリング制度があります。ジュニアマネジメントプログラムであるED1を終えてシニアマネジメントプログラムのED2に行く間の層に、メンターを会社があてはめるのですが、そのメンターはトップ100のポジションの人から選ぶ、ということになっています。メンターはあくまでも違うラインの人をあてはめて、キャリア・ディベロップメントについてメンタリングするという目的でやっています。
留岡 理想的ですね、違うラインの人というのが。しかも、選ばれたトップ100の人がメンターを担当されるというのは。成果はいかがでしょうか。
梯 まず、トップ100であっても、必ずしもグッドメンターではないという問題があるにはありますね。
留岡 グッドとバッドの境目というのは、どういうところに?
梯 人の成長に本当に興味を持って、親身になったアドバイスができるかどうかではないでしょうか。単に、先輩面しないということ(笑)。
留岡 よくわかります。メンティの方々の変化はありますか。9 Boxで、こちらからこちらに移った、というような変化は生じるものですか。
梯 日本での、ある成功例でいうと、メンターがブラジル人で、メンティが日本人のケースです。メンターはメンティと同じような仕事の経験があることに加え、メンタリング自体にも慣れていました。すでにブラジルでもやっていましたから。ただ、難しい面もあって、メンターがだんだん疲弊してくる。「もう勘弁してほしい、忙しいので」ということがあります。それから、メンターが離職して、突然いなくなりました、というようなことが、ときどき起きています。
留岡 なるほど。メンテナンスコストはかかりますよね。
梯 ただ、オフィシャルにそういう制度を作らないと、動かないということでいいのかな、という気もします。昔の日本の先輩、後輩というのは自発的だったわけですから。
留岡 それが一番自然だとは思うのですが、残念ながらそれが減ってきているので、ある程度人工的に作り出す必要があると感じています。
アサーティブネス
留岡 とくに、グローバルなコミュニケーションにおいて、いわゆるアサーティブネス、つまり、自分の言うべきことはきちんと言い、相手の話もきちんと聞き、対話によって対立を合意にもっていく、というコミュニケーションのありかたが注目されています。当社でも、海外赴任前トレーニングの一環で、「アサーティブコミュニケーショントレーニング」を行っています。
梯 アサーティブネスは、非常に重要だと思っています。日頃感じていることを申しますと、私どものグループマネジメントプログラムに、日本人でそこそこ英語ができる人材を送りこむのですが、それでも議論に参加できないとか、Q&Aセッションで質問は一切できないとか、そういう現象がしばしば起こります。アサーティブの定義はいろいろあるかと思いますが、最終的には、自信をもって自分の意見を述べられること。単に、一方通行で好き勝手なことを言うのではなくて、あくまでも、人の話を聞き、的確な質問をし、その上で、相手のいいところも取り入れながら、一段新しいものをつくりだす。そういうコミュニケーションができるようになったら、アサーティブなのかなと思っています。そのためには、まず、「自分の軸」がないと、自信をもって意見を言えない。
留岡 自信をもつとか、自分のマインドを落ち着いた状態に保っておくということになると、かなり心理学の領域になり、研修・トレーニングに落とし込むのは、実は大変なんですよね。今、赴任前研修で苦労しているのは、アサーティブのイントロダクションです。中途半端にやっても身につきませんし。
梯 それを私なりにブレークダウンして、3つの定義を考えました。「自立アイデンティティー」「ダイアローグ(対話力)」「物怖じしない」の3つです。一つ目の「自立アイデンティティー」は、パーソナル・フィロソフィーといってもいいのですが、自分の軸づくりです。ここは、例えばアメリカのアスペン・インスティテュートが、哲学などの古典を使って対話をすることで、自分を見つめるというプログラムを提供していますね。ただ、これは、一朝一夕では築けないので、常に、悩み、考え続けるしかない。
二つ目は、「ダイアローグ(対話力)」です。違う文化、異なる考え方に対して、変に攻撃的になったり萎縮したりするのでなくて、好奇心をもって聞いて、理解しようとして、その上で、何か、自分の持っているものにプラスできるという思考です。
留岡 とても共感します。
梯 そういう世界観を持っていて、対話によって新たな考え方・コンセプトを築くんだということがわかっていれば、三つめの、「物怖じしない」が自然と出てきます。自分を変えることを恐れない。自分は常に前進しているんだということさえわかっていれば、変に守ったりしない。
留岡 なるほど。非常に明快で、納得できる定義ですし、最初にあった、アメリカに赴任されて梯さんがどうやって自立アイデンティティーを確立していったか、というお話にもつながりますので、とても説得力があります。
トレーニングとリアル・プレーの相互補完
留岡 アサーティブとも関連しますが、「異文化への適応力」も、グローバルで活躍する時代には必要とされる力ですよね。梯さんは、これについても、「異文化の理解・受諾」「橋渡し」「ハイブリッド・カルチャーの構築」という定義をされている。いずれも、大変共感します。当社でも、海外赴任前トレーニングの一環で、「異文化適応トレーニング」を提供しているのですが、これは、なかなか研修で教えるのが難しい領域だと思っています。一朝一夕では身につけることができないですから。
梯 2006年のピルキントン買収以降、クロスカルチャー・トレーニングが必要だと思いましたので、様々な機会にいろいろなプログラムを提供しましたけれども、結局、リアル・プレーに勝るものはないんですね。では、トレーニングは無駄かというと、そんなことはないと思っています。先ほどご紹介いただいた、「異文化への適応力」の定義を、海外で全く仕事をしたことのない日本の新入社員に話しても、「なるほど」と理解はしてもらえるかもしれないけれど、経験に裏打ちされていないので、そんなに深い理解ではない。それが、5年、10年たって、異文化経験もしてから、同じものを読み返すと、「ああ、こういうことを言っていたのか」という気付きがあるのではないかと、思っています。それは、「アサーティブネス」も、「リーダー適性の要件」として挙げた「自己開発志向」「複雑な状況への対応力」も同じだと思います。
留岡 私は、実は赴任前研修と同等あるいはそれ以上に赴任中/赴任後研修の方が大事かなと思っています。赴任前研修は、赴任中に力を発揮するために必要なこと、という発想で行っています。でも、おっしゃるとおり、赴任前では、腹に落ちない。それで現地に行って、悪戦苦闘する。現地人の部下全然言うことを聞いてくれなかったり。もどってきたときに、「あれは、なぜだろう」と振り返ったりするけれど、でも、忙しさにまぎれてそのままになってしまう。そういうパターンが、自分も含めて、多いように思ったので、赴任中のサポート/赴任後の振り返り・ブラッシュアップトレーニングを提供することにしました。
梯 赴任後はともかく、赴任中は、コーチングの必要性もありますし、研修も大切なんじゃないですか。
留岡 海外赴任者のコーチングをスカイプでしたりしています。例えば、外国人相手に、現地の重要会議でビッグプレゼンテーションしないといけない。スカイプで、その準備段階からコーチングしているわけですが、実際のプレゼンテーションで、外国人からボコボコにやられる。それを次のコーチングで即座に振り返って、学びに落とし込む。そういったことは、効果がありますね。こうしたことを経験していて思ったのが、赴任前に、何かしらの研修を受けた人は、腹に落ちていないまでも、気付きが早いということ。渦中に入ったときの気付きが早い。その視点から、赴任前研修はデザインしています。
梯 最初には深くは理解できなくても、ちょっとでも頭に残っているかどうかが大切だというのはわかります。それが最初にあって、リアル・プレーを積み重ねて悩んで、自分の気付きがあって初めて身についていく。
留岡 先日、赴任前研修の中で、イングリッシュ・プレゼンテーション研修をやったのですが、参加者一人一人のプレゼンテーションを録画しましたので、DVDにして、赴任直前にわたしてあげようかなと思っています。いったん忘れてもらって。海外に行って、ビッグプレゼンテーションする前に見てもらって、どんなフィードバックを受けたかを思いだしてもらう。思いだすためのしくみをつくるというのは大事だと思っていますので。
梯 プレゼンテーションのトレーニングを日本でするときに、かつての私の部下で、イギリス人のベテラントレーナーに相談をしたら、彼がこう言いました。プレゼンテーションの基本は、「tell them what they want to know」だと。これは言い得て妙で、多くの人は、意識していない。あるいは、theyを、ものすごく広い範囲でとらえている。よく日本では、どういう層にも同じプレゼンテーションを使う、ということをしますよね。そうすると、「tell them what they want to know」になっていない。本当は、オーディエンスに合わせて、つまりその知識レベルや背景理解レベルに応じて、実はスライドは変わるはずです。それをあいまいにしているがために、聴衆がピンとこない。
留岡 誰が聴衆か、という問いかけは、とても大事ですね。
梯 しかも話している時に、今のオーディエンスにアジャストできるかどうか。そのためには質問を投げかけて、理解度レベルを聞くとか。これは、英語の問題というよりも、論理力とか、聴衆のインタレストを把握する力とか、日本語のプレゼンテーションにも求められる力です。そういう力が日本語でもないにもかかわらず、英語プレゼンテーションの研修となったとたんに、「ああ、やっぱり英語力鍛えないとダメだな」で終わってしまう。
留岡 研修をやっていて、トータルデザインという発想がとても大事だと思います。
梯 そうした研修はとても意味があると思います。そのうえで、リアル・プレー。結局、日本であれ海外であれ、プレゼンテーションをして、「あなたの言っていることはよくわかりません」といわれる経験が大事です。なんとなくわかってくれる場でずっとやっていると、プレゼンテーション能力は伸びませんから。
対話により組織としての軸を共有する
留岡 今日は、梯さんのご経験を糸口に、タレント・マネジメント、とくに次世代リーダーの育成をどうやってしていったらいいか、そのためにはどんなトレーニングや経験が必要か、というお話を伺ってきました。最後に梯さんの視点から、NSG的に、ここがもっと大事なポイントだ、ということはありますか。
梯 今の関心は、日本人のハイポテンシャル人材の選抜です。しかも、私どものねらいは、次世代グローバルリーダーです。ここでのジレンマは、ラインマネジメントがグローバルリーダーではないのに、どうやって次世代のハイポテンシャル・グローバルリーダーを選ぶか、という点つきます。イメージがわかない人に、グローバルリーダーを選んでもらわないといけない、ということなんです。
留岡 そういうジレンマに対して、どのような手を打たれていますか。
梯 やはり、組織全体を変えざるをえないのかなと思っています。手はじめに、色々な機会に、タウン・ホール・セッションとか、ミニ・セッションをたくさんもって、グローバルリーダーとは何か、ということ議論、対話していく。今日ご紹介したような、いろいろな定義も、軸として皆が共有していければいいなと思っています。組織のなかで、これがピンとくる人と、ピンとこない人がいると思うので、そういう人をあえて一緒にして対話していくというのが、遠回りのようで近道なのかなと思っています。
留岡 私は、そのコアの部分を外部にたのむとおかしくなるのでは、と思っています。外部コンサルでありながら、こんなことを言うのもなんですが。そのコアの部分を、外部に丸投げすると、誤る気がしますね。補正として外部を使うのは良いと思います。
梯 私どもも、2006年からもがき苦しみながらやっていますから。そのなかで、イギリスのED1などに行った日本人がいるので、彼らの学びを次世代のリーダーにもシェアして、生の声を聞いてもらうといいかなと思っています。彼とからみながら、そういうセッションをしていきたいな、と。
留岡 梯さんは、この先、個人として、あるいは人事マンとして、どんな展望をもっていらっしゃるのでしょうか。
梯 客観的にみると、私の今の売りは、グローバルなHRの経験であるのは間違いないので、これを生かしていけたらいいなと思っていますし、もし、もうすこし違うことを、というお話があったとしたら、それはそれで、挑戦してみたいなと思っています。
留岡 ますます楽しみです。今日はありがとうございました。
(2012年6月1日 東京・田町 日本板硝子本社にて)
梯 慶太(かけはし・けいた)
日本板硝子株式会社 執行役員 グループファンクション HRダイレクター–アジア。
1985年4月、日本板硝子入社。88年4月、本社人事部労政グループへ異動。1999年6月、NSG ホールディングUSA社(米国)へ出向。2002年4月、同社社長に就任。2004年頃より、ピルキントン買収プロジェクトに参画。2006年初より、デューディリジェンス・統合後の人事戦略立案に参加。同年6月、ピルキントン買収と同時に設立された統合推進本部(英国)を兼務。2007年4月、日本へ帰国、コーポレート人事部で日本の統合作業をサポートするとともに、HRダイレクター(東南アジア)を兼務。2008年8月、グループHR リソースディベロプメント&トレーニング ダイレクター。2011年9月、執行役員 BP事業部門 バイスプレジデント HR。2012年2月より現職。