「グローバルリーダーをどう育てるか①―
           タレント・マネジメント」

梯 慶太(日本板硝子株式会社執行役員)×留岡一美(POLARIS & Partners代表)

ピルキントン買収前・買収後

留岡 「リーダーシップ」「グローバル化」「成長支援」といったことが、当社POLARIS & Partnersのキーワードなのですが、今日対話させていただく梯さんは、日本板硝子株式会社において、まさにそれらを体現するようなお仕事をやってこられた。つまり、日本板硝子は、2006年に英国のピルキントン社を買収し、「小が大を呑む買収」としてたいへん話題になりましたが、梯さんはそのプロジェクトに中核メンバーとして参画し、統合後の人事戦略に携わってこられたわけです。今日は、そういったご経験もシェアしていただきつつ、アジア全体のHR(ヒューマン・リソース)ダイレクターとしての現在のお仕事やグローバル人事・人材育成にまつわる様々なトピックについて、伺っていきたいと思います。

 こちらも今日は、ご専門の留岡さんから、俯瞰した視点で、いろいろ教えていただきたいと思います。

留岡 まず、梯さんの日本板硝子(NSG)入社から、今日に至るキャリアをお話しいただけますか。

 私は1985年にNSGに入社し、99年に米国に駐在するまでは、本社の人事で主に労政を担当しました。業務範囲は全く国内本体に限られる状態で、当時はグローバルな仕事をするなど夢のまた夢でした。それでも英語のスコアが比較的マシだったので、89年に3カ月の米国語学研修に派遣されます。これを契機に海外に出て行くことが現実味を増してきて、自分としても、強い願望を持つようになります。もともと英語を学ぶのが好きだったこともあり、英語を自分の強みとして意識し、独学をコツコツ続けました。

留岡 国内人事としてキャリアをスタートされ、でもそれに甘んじずに英語の勉強を重ねて、グローバルな仕事を志向されるようになったわけですね。

 はい。一方、バブル崩壊後の93年から、早期退職プログラムの設計に携わりました。このときに、日本企業の終身雇用の限界を感じ、「キャリアは自分でオーナーシップを持つべき」という信条を持つようになりました。当時から、GE社をはじめとする外資系企業は、毎年低業績者を解雇するというような話があり、日本は人を大切にするのでそれは受け入れられないといわれていましたが、例えば10年に1度、早期退職の実施を繰り返すのであれば実質的には何が違うのだろうかと疑問に思ったわけです。その結果、自分自身のEmployability(雇用されうる能力)としてのキャリア形成の必要性を痛感するようになりました。

留岡 なるほど。

 そうした中、97年に人事部長が代わりました。新しい人事部長は、入社した時の私の採用担当者でもあり、事業部門で米国ケンタッキー州に長期出張した経験がありました。ケンタッキーには、後に買収するピルキントンの米国子会社とのジョイント・ベンチャー(JV)があり、事業はいろいろな原因からうまくいっていませんでした。パートナー同士に信頼関係がなく、日本顧客に対する対応の違いで常に衝突があり、日本のモノづくりの優秀さが米国でうまく実現されない、といったことが重なっていました。何人もの日本の技術者がモノづくりの梃入れのためケンタッキーに行くのですが、結局現場力の違いに直面し、結果が出ません。ここで彼は大胆に「工場運営のすべては5S(整理・整頓・清潔・清掃・躾)から始まる」、という、それまでの技術系駐在者が思いつきもしなかったシンプルで、なおかつ実用的な主張を展開・実践し、ある程度の成功をおさめます。その成功が、その後グローバルでもHRで貢献できる人材の育成が必要だという、これまでになかった社内の流れをつくりました。この流れと私の個人の海外志向がピタッとはまり、ついには99年にHR経験者としては初めての海外駐在が実現しました。

留岡 梯さん個人の志向性と、会社の方向性が合ってきたわけですね。99年にNSGホールディングUSA社に実際に赴任されてどうでしたか? 何か、予想外のことなどありましたか。

梯 米国に赴任した 99年には、英語力でいうと、TOEICで930点には到達していたのですが、赴任後、米国のスラングやジョーク、田舎訛りのアクセント満載の現場英語が聞き取れません。赴任時点でも英語にそれほど自信があったわけではないのですが、今から思えば、海外に赴任すれば何とかなると甘く見ていました。そして、HRがメインキャリアでありながら、グローバルに通じるHRの専門性がなかったのと、与えられた業務自体が必ずしもHRに留まらなかったこと、そして、まだ若かったので自分なりの世界観(しっかりした軸、パーソナル・フィロソフィー)を持っていなかったこともあり、一時は、すっかり自信喪失してしまいました。その後、英語の面では、日本人の同時通訳者が開発した英語学習システムであるKHシステム(http://www.kh-system.com/)のトレーニングに参加したのをきっかけに、だんだんと自信を回復していきました。

留岡 99年に赴任されて、そのまま2002年にNSGホールディングUSA社の社長になられた。ピルキントン買収プロジェクトに参画されたのは、このUSA社社長時代ということになりますか。

梯 はい。買収プロジェクトのデューディリジェンスの前段階から携わり、2006年に買収が成立します。買収後は、統合推進本部といういわゆる統合プログラム・オフィスにHR担当で参画し、グローバル企業としてのHRに実務レベルに関わっていくことになります。

留岡 日本人が深く入ったことがない、未開の領域ですね。

梯 その通りです。ここでまさにストラテジック・パートナーとしてのHRを意識するようになりました。例えば、当時は海外プロジェクトを支援するBusiness Developmentという役割を持ったHR ダイレクターが、グループ HRの中にいました。

留岡 通常、日本企業のHRは、海外や子会社のHRとなると、あまりタッチしようとしませんよね。

 グローバル企業のHRが海外プロジェクトに主体的に関わるというのは、そういった分野で貢献しないとHRそのものの存在意義が失われていくという危機感の現われだと思います。またHR業務についてもコア・ノンコアの区別がはっきりしていて、英国ではShared Service Centerにノンコア業務は集約、グループHRは、少人数で専門性の高い分野で貢献できるような組織になっていました。

留岡 その後、今日に至るまでの6年間で担当されたのは。

 人材開発担当、建築用ガラス(World-wide)のHR担当副社長、そしてアジア担当のHR ダイレクターと、すべて未開の地に挑んできました。2006年以降、上司も最初は英国人、次にブラジル人やドイツ人と代わり、部下も英国人、ポーランド人そして今の中国人、マレーシア人、フィリピン人、インド人と多種多様で、単純な日本対米国や英国といった二極文化論では収まり切らない中で、人材マネジメントを経験して来ました。

グローバルに人事の統一を図るとはどういうことか

留岡 お話を伺っていて思ったのですが、日本板硝子がピルキントン買収をきっかけに、真のグローバル企業NSGに生まれ変わるための要がHRだったということではないでしょうか。梯さんはその中心にいて、まったく違う中で育ってきた二つの文化のインテグレーションの生みの苦しみというのを、今も続けておられると思います。そのあたりについて、個々にお聞きしていきたいと思います。

 よく、「欧米企業は、ジョブ・ディスクリプションがきっちりしているのではないか」といったように欧米HRを一般化することがありますが、欧米企業とひとくくりにできません。ジョブ・ディスクリプションが一番きっちりしているのはおそらくアメリカだと思いますが、ピルキントンは英国企業ということがあり、実際、ジョブ・ディスクリプションがあまりきちんと出てきませんでした。最終的に、ヘイ・ポイントでグレードを決めていくので、ジョブ・プロファイルは一応つくってはあるのですが、わりと組織も役割も結構コロコロ変わりますので一々ポイントを見直したりはしません。中で仕事している私の感覚からすると、かなり融通がききます。

留岡 意外ですね。

 ジョブ・ディスクリプションに縛られていては、変化の激しい時代にやっていけませんから。

留岡 そうすると、まずどのあたりから、手をつけていかれたのでしょうか。

 私どもが最初に統合したのは、人事考課のしくみです。たとえば私の上司に当たるCHRO(Chief HR Officer)はブラジル人ですが、彼が、アジアのHRダイレクターである私に対しても、ヨーロッパのHRダイレクターに対しても、同じしくみで評価できるようにしたのですね。それまでは、日本は別の目標管理制度があったわけですけれど、それでは、ブラジル人の上司からすれば、やっていられない、と。統合に際しては、Lumesse社のETWebを使いました。タレントマネジメントの包括的な統合管理ソフトなのですが、弊社では、まだ一部だけの利用に留まっています。グローバルな人事考課と、あとはサクセッション・プラン(後継者計画)のためだけに、ETWebを利用するという発想です。

留岡 それが正解だと思います。完璧にしようと思ったら、100年たってもできない。グレーディングに関してはどうですか。最近、グローバル・グレーディングについて、悪戦苦闘しているという話をいろいろな企業から聞いています。御社は、どのような形で運用されていますか。

 まだグレーディングに関しては、統合しきれていません。

留岡 本当に統合した方がいいかどうか微妙ですよね。するとしたら相当コスト、エネルギーがかかるわけですが、リターンがあるかどうかを冷静に判断する必要があります。

 たとえば今、弊社のCOOはクレメンス・ミラーというドイツ人ですが、日本だけ違うグレーディングをやっているということを、彼が忙しい中、理解しないといけないのか、という問題が切実にあるわけです。同じように、各国で違うグレーディングの構造があったとしたら、各地域のトップが、そこに関心が持てないですよね。シンプルに一つでないと。

留岡 私もソニーで足掛け6年くらい人事にいましたけれど、2006年に辞める頃は、グローバルでの人事はまったくバラバラでした。日本とアメリカとヨーロッパと。読みかえみたいな作業をいつもやっていました。

 結局、HRの部署の人は、複雑な仕組みであっても、なんとか切り抜けようとするんでしょうけれど、本来知るべきCOOや、事業部門の長が理解できないしくみを放置しておくのはまずいと、私個人は思っています。

留岡 それはメイク・センスですね。

タレント・マネジメント

留岡 すでに、少し話が及んでいますが、御社ではタレント・マネジメントをどのように実行されているかについてお伺いしたいのですが。

 日本のタレント・マネジメントの大きな目的は、次世代のグローバルリーダーを育成することです。全員をグローバルリーダーにするつもりはなく、日本で生きていく道ももちろんあるわけですし、これまで通りしっかり処遇して行くのですが、さらに上のグローバルポジションを担うグローバルリーダーになる強い意思(ウィリングネス)がある人には、手を挙げてもらって、そのかわり、厳しいアサイメントなり、チャレンジングなデベロップメント・プログラムを提供する、というのが基本の考え方です。

留岡 ウィリングネスは一番重要な要素ですよね。それを持っている人に対して、必要なタイミングで、適切なものを提供する。グローバルリーダーの育成に際して、ウィリングネスがある人、ということを前提として、御社ではどうやって候補を見つけていくのですか。

 実際には、9 Box Gridを使って、ハイポテンシャルを選びます。9 Box Gridの縦軸はポテンシャリティで、横軸はパフォーマンスで、それぞれ3分割の3×3のマトリックスです。

留岡 多くの場合、一つ上のポジションが、「今すぐできる(レディ・ナウ)/2、3年以内にできる/無理」という分類で、ポテンシャリティを大/中/小、としていますが、御社の場合は。

 このGridを使う中で学んだのですが、いまおっしゃっているのはポテンシャリティでなくて、レディネスだと思います。レディネスというのは、特定のポジションに対しての準備状況のことです。たとえば、「HR ダイレクター日本」のポジションに関して、どれくらい時間がたったらできるか、という話です。私どもは、レディネスとパフォーマンスとポテンシャリティをきっちり分けようとしています。
 9 Box Gridを去年使い始めた時は、レディネスが高い、つまり、1つ上のポジション、2つ上のポジションに対してレディ・ナウであれば、ポテンシャルがあるだろうという前提だったのですが、今は、その二つはイコールではないという認識です。結局、レディネスというのは、特定のポジションだけを見ているので、その特定のポジションとかスキルを重視しがちなんですね。ポテンシャリティというのはもう少し枠組みが広くて、たとえば、シニア・リーダーとか、そのくらいの枠で考える。枠組みを広くすることで、特定のポジションに関わらないリーダーシップ・トレーニングをするという考え方がある。いわば、プール化です。最終的に何を目的にするかにもよるのですが、どの階層にも将来のCEO候補者がいるというのをタレント・マネジメントの目的とするのであれば、さっきのレディネスというのはふさわしくないんじゃないかと思います。

留岡 将来のリーダーのポテンシャリティを見る上で、御社の場合は、何を重視しているのでしょうか。

 「リーダー適性の条件」として、私どもがとくに日本人に関して重視しているのが、「自己開発志向(Personal Development Orientation)」と、「複雑な状況への対応力(Mastery of Complexity)」です。「自己開発志向」には大きく分けて二つ、「フィードバックへの受容性(Perceptive to Feedback)」「学習能力(Learning Agility)」があります。「複雑な状況への対応力」は、さらに「適応力(Adaptability)」「概念的思考(Conceptual Thinking)」「不確実な状況下での方向付け(Navigates ambiguity)」に分かれます。

留岡 非常に説得力がありますね、選抜をしていく上での基準が、「自己開発志向」「複雑な状況への対応力」だというのは。フィードバックへの受容性がない人はだめじゃないかなと、私も常々感じます。

 結局、選抜していくには、レイティングしないといけない。けっして、サイエンティフィックなものではありませんが、少なくとも、レイティングに際しては、その人を日頃からきちんと、こうした軸(「自己開発志向」や「複雑な状況への対応力」)で見ていく。

留岡 私も、人事というのはロジカルなだけではできない商売と思っています。正解もなければ、非常にあいまいな部分が多い。ですから、今いわれた、「軸をもって見る」。つまり、まず「軸」をきちんとそろえて、それをもって「しっかり見る」。考えみれば、私がソニーの人事にいた頃、最初に人事部長から言われたのは、そういうことだった気がします。「人をしっかり見ろ。軸をしっかりつくって、しっかり見ろ。ひとりよがりの軸にならないように、俺に相談しろ」と。そこで、自分なりに勝手に人材のプールを作っていました。ふりかえると、自分なりにポテンシャル軸と実績軸をつくっていた気がします。

梯 日本の人事の方は、意識的であれ無意識であれ、そういうことをやってはいると思うのですが、あくまでも、ほぼ終身雇用で、30年ぐらいかけてじっくり見ることができる。日本以外では、そんな悠長なことはできません(笑)。グローバルでHRを担う人は、人が辞めるという前提でありながら、同じことが求められているということを忘れてはいけません。サクセッション・プランであろうが、9 Box Gridであろうが、その前提は一緒だと思います。

留岡 御社の場合のサクセッション・プランは、キーポストを数百選んで、それぞれの後継者候補を選んでいくということでしょうか。

 それぞれのポストへの準備状況(レディネス)が、「レディ・ナウ」と「短期」「中期」「長期」ということで候補者を選出しているのですが、「長期」でも「5年以上」。つまり5年以内に3つある。日本と時間軸が違います。日本でつくると、皆、「長期」になってしまう(笑)。

留岡 やはり9 Box Gridは、御社のタレント・マネジメント上、相当コアな位置づけとしてあるわけですか。

 えらそうなことを言っていますが、組織に本格的に浸透させるのは、まだこれからです。むしろ今回、タレント・マネジメントに意識的に取り組むようになった最大の理由は、「サクセッション・プランはあるけれども、本当に人が育っているのか」という疑問が生じて来たことです。たとえば3年前にも、準備状況が「長期」だった人が、3年たっても「長期」のままでいる。そういうケースが多々あるわけです。つまり、サクセッション・プランが、育成のために使われていない。結局、リスクマネジメントでしかない。スターのような人がいくつものポジションに候補者として挙がっているので、その人がどこかのポジションに決まると、軒並み候補者リストが薄くなる。しかも組織が変わったらガラガラポンみたいなところがあります。タレント・マネジメントに取り組むことにより、組織がいかにあろうと、しっかり、プールの概念で人を育てられるのではないかと期待しています。

留岡 9 Box Gridを用いたタレント・マネジメントは、育成にもひもづくということですが、考課、評価にもひもづいているのですか。

 パフォーマンス(横軸)とポテンシャリティ(縦軸)を分けると言っても、あくまでも、持続的にハイパフォーマンスを挙げている人の中から、ハイポテンシャルを選びます。パフォーマンスがベースにあります。パフォーマンスを挙げられないけれどもハイポテンシャルに入るということはあり得ない。そこがさらに選抜があるわけです。よく言われるように、ハイパフォーマーであっても、今アップアップの人もいるわけですから、そこをちゃんと見極めてあげないと、本人にとっても不幸なことになります。

「グローバルリーダーをどう育てるか②」に続く